門坂流へのオマージュⅡ 藤浪理恵子

[ 2018年1月23日 ]

天使:Angel in yhe Shell 2018 グラスエングレービング 170x240mm

【コメント】
門坂さんとお会いしたのは、私がまだお尻に殻をつけたひよっこの頃で、当時、怖いもの知らずも手伝って、魅力的な作品を作る先輩作家の方々の集まりに、無理やり割り込んでいた。門坂さんともそういう場でお会いした。ペン画の繊細な線で紙の上に空気と時を包含する作品に魅了されて、お話を伺っていた時に「今、友人にビュランを、教わっているんです」とおっしゃった。あれほど完成された世界と技法を持ってなお、新しいことを学ぼうとする柔軟さに驚き、ほどなくして、ビュランを習得されて個展を開かれたことも、その技術習得の速さと完璧さに再び驚かされた。その個展で「マウンテンバイクを始めたんだ」とおっしゃったことが、意外でとても印象的だった。私が見てきた先輩アーチストの方々は、自身の”闇”あるいは”病”をそれぞれのやり方で純化させて制作していると感じていたので、“マウンテンバイク”は新鮮な3度目の驚きだった。門坂さんは、闇”や”病”ではなく、風や光を蓄えて光合成のように制作しているのかもしれないと妙に感心してしまったことを覚えている。私はといえば、むやみに”病”をかき回し、そのカオスの中で臆病な表現に終始し、追い詰められた細い竿の先端から、いきなりアメリカの生活にジャンプして日本を離れた。そうして、2006年のアートフェア東京会場で門坂さんと再会した。門坂さんも、私が渡米前後からお世話になっていた不忍画廊さんのギャラリーアーチストになられていて、ブースで久々に御目文字できたのだ。十数年の月日が経っているはずなのに、不思議なほどお変わりがなく、相変わらず自然体で、ちょっと仙人めいて見えた。その後、帰国のたびにお会いする機会に恵まれたので、お亡くなりになったことを聞いたときは俄かには、信じられなかった。偶然にも、不忍画廊の追悼展展示を下ろす直前に行き合わせ、じかに作品を拝見することができた。門坂さんには珍しく、情念のようなものを桜の木の作品に感じた。線の重なりが生と死の境にうねりを持って集まってゆく、そんな凄みを受け取った。門坂さんだけが持つ独特の線の空気感と、その寡黙な集散は、時を含み、流れる空気・風・を伴い、見る人の心に流れ込み、深く心にとどまる。それが、門坂流という線の詩人の魂の在処なのだ。そう思える。

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