荒井一章: 長谷川利行と不忍画廊

[ 2014年4月14日 ]

「日本のゴッホ」と長谷川利行をよぶ人は多い。
チューブからしぼり出した絵具をそのままキャンバスにたたきつけるような画風を称してそう呼んでいる。

長谷川利行に関しては、不忍画廊生みの親である羽黒洞木村東介が元祖である。
新宿で長谷川の絵を一手に扱っていた天城画廊・天城俊彦(高崎正男)が1941年、戦災をさけて郷里の群馬に引き揚げる折、東介に託した。それらの利行作品は東介の郷里・山形の赤湯温泉の疎開先に運ばれて戦後を待つことになった。そして終戦後に利行展を次々に開催し画集も刊行した。

放浪の画家・長谷川利行は多くのコレクターに愛されつづけ、日本近代絵画の珠玉となっている。
利行作品を守るために鑑定が必要となり、羽黒洞とともに「利行の会」を立ち上げた。

上野・不忍池弁天島には現在も木村東介建立による利行碑(熊谷守一筆)がある。

不忍画廊会長 荒井一章
「池田満寿夫と斎藤真一と長谷川利行展」(2014.4.14~5.2 不忍画廊 案内状より)

Back to top