池澤夏樹: 微粒子の流れのほとりにて

[ 2013年4月9日 ]

 ものが動かないというのは、写真が与える心理的効果の中で、最も大きな錯誤である。
 写真は、事物はもともと静止しているものだという世界観を人に提供する。動いているものの方が自然界では例外に属すると言わんばかりだ。被写体としてのあなたは、一枚のスナップの中で、百年でもこわばった微笑を浮かべていなくてはならない。スライドの四角い枠内で、あるいは印画紙の上で、ものは静止し、永遠という括弧の中に組み込まれて、凍結している。
 写真がものの動きを止めるのは、ものからの光が、フィルムのエマルジョンに垂直に落ちるからである。光線はフィルムを刺しはしても、フィルムを横に切って傷跡を残すことはできない。シャッターが時間を細分するのではなく、光そのものが時間を越えて飛来するのだ。感光材の銀の粒子は闇の中で到来する光を待ちかまえている。まるで、時間という要素が割り込んで跡を残すことを徹底して厭うように、光とフィルムは素早く交渉を終える。かくて、フィルムに写るのは、履歴をすっかり抹消された事物の像である。
 動いているように見えるものは本当は静止している、というのが写真の基本的な哲学である。そういう哲学の英雄として、例えば、高速度撮影の権威ハロルド・エドガートンの名が挙げられる。彼の傑作のいくつかを、たとえ彼の名は知らないまでも、記憶している者は少なくないだろう。水平に張った一本の紐に並んで結ばれた三つの風船。左から飛来した一個の銃弾が三つを貫いて、右の端に飛び去ろうとしている。一番左の風船はもうぼろぼろになって形を留めない。中央の風船には大きな穴があいているが、まだどうにか卵型をしている。一番右のは割れ始めたばかりで、鋭角の裂け目が伸びてゆくところだ。
 写真も時には、ものを止めるのに失敗する。しかし、その場合でも、ものの動きがそのままフィルムに残るわけではない。シャッターやストロボが止めきれなかった時間の残滓は、輪郭のボケとしてエマルジョンに記録される。それを見て人はスピード感のある写真だと誤解する。ボケはボケであって、決して動きではないのだが。
 点描派の作品も写真と同じ過誤に基づいている。スーラたちの描点は、感光材の銀の粒子の場合と同じく、光が画家の網膜に垂直に落ちたことのあかしだ。光子は一点にしか傷を残さない。位置があっても大きさのない、幾何学的な一点。その無限小の領域に、描かれたものの時間的履歴を記す余裕はない。『グランド・ジャット島の日曜日の午後』の中で、人々の像は凝固して、微動だにしない。風も吹かず、木の葉もそよがず、犬は尾を振らない。
 それでも、とガリレオを気取るわけではないが、ものは動くのだ。現実の世界ではどんなに短い瞬間を取っても、事物は凍りついていない。事物を構成している微粒子はそれぞれの方向へ飛翔し、流れ、動いている。われわれはその流れのほとりにいる。固体は流れるという逆説の方が実は正しい。物理学の与える世界像をどこまで追っていったところで、ついに静止という概念に行きあたることはないだろう。地動説は大地を動かし、ビッグ・バン説は宇宙全体を飛散させ、量子論は絶対零度にいくら近づいても素粒子の振動が止まらないことを告げる。
 門坂流の描線は、このような動的な世界観の証明である。その意味で写真から最も遠いところにある画像だ。目に見える事物の世界を構成している粒子がすべて動いていること、その一つ一つに数秒前の履歴があり、数秒後の未来があることを彼の絵は語る。彼のあの無数の線は実は時間軸に沿っている。
 騒がしい水面の波を造っている水の一滴ずつは、それぞれに他を牽制したり、押しのけたり、嬉々として並走したりしながら、一瞬ごとに位置をかえ、滑らかに移動を続ける。上の方には風に満たされた軽快な世界があるが、水は引力と表面張力によって水面下に幽閉されている。その拘束を逃れようとするかのように、水は勢いをつけて身を躍らせ、他の水滴から離れ、許されるかぎり水面から離れようと試みる。そして、数秒の後には持っている運動エネルギーをすべて位置エネルギーに変えておわり、その過程を今度は逆にたどりながら、落ちてくる。その軌跡、その移動の道筋、集合と離散の記録、それの総体が波と呼ばれる現象である。写真は波の動きを止めるけれども、門坂流の絵は波の過去と未来を語ることで、波を動かす。彼の描く線の一本ずつをたどれば、一つの水滴の来歴がわかる。
 現代のあまりに精緻な原子論とはまた別の場で、無数の軌跡の集合からなるこれらの絵は古代ギリシア風の原子論に立脚しているように思われる。事物は仔細に見るならばすべて分割不能な小部分からなり、それらは互いにゆるやかに結ばれながらも、それぞれに固有の速度で動いている。ヘラクレイトスの「全ては流れる」は、万物の生成流転を語ると同時に、不動のイメージを否定して世界を動きの中へと投じる。
 それらのギリシア的な原子の動きを近代の科学はさまざまな外力の作用によって説明しようとしたし、その成果をわれわれは例えば現代の工学の繁栄に読み取ることもできるのだが、しかし、原子の一つ一つがそれぞれの意思で動くと考えることだって不可能ではない。違いは表現の形式にかかわっているだけだ。そして、門坂流はギリシア的な原子一つ一つの意思を読み取り、身の上話を聞き、その動きの跡をなぞり、厖大な量の軌跡の束を紙の上に再現して、世界の本当の姿を見せる。
 彼の線は、ちょうど等高線のように、決して交わらない。二つの粒子が同時に一点を占めることはありえないのだから、点の履歴を語る線もまた交われない。線が分かれるのは、二つの粒子が分裂するからであり、線が合うのは粒子同士が融合するからだ。それは素粒子の性質を調べるのに用いられる霧箱の写真と似ている。ただ、霧箱の原子核乾板に写った像と違って、門坂の絵の中では線が世界を埋め尽くしている。世界そのものが粒子によって埋め尽くされているように。
 自然界ではすべてが同時に起こる。視野の中にある全部の波、その波を構成しているすべての水の粒子(あるいは微小要素、あるいは分子)、は同じ時のフィールドの中に共存してそれぞれの軌跡をたどる。一秒という時のフレームを区切ってみれば、その一秒のうちにそこに見える全部の粒子が位置を変え、動いている。自然の細部はそれぞれ自発的に動く。中央からの指令ではなく、神の意志でもなく、各自の持つ固有の性質と、その場の条件とに応じて、思う方へ動く。
 しかし、それをたどる人の目はすべてを同時には見ない。目のエージェントであるところのこの画家の手も、すべてを同時に描きはしない。すべてを同時に見ることは、そのまま写真の錯誤に陥ってものを凍結してしまうことだ。彼は視線と筆記具を完全に統御して、ゆっくりと、着実に、全景を一区画ずつ走査してゆく。無数の粒子を単なる数としてトータルに扱うのではなく、その一つ一つに次々に意識を移入して、いわば原子の伝記を書きつらねてゆく。彼の絵は、そういう数万の伝記の束としてわれわれの眼前にたちあらわれる。
 現象の同時性を一度ばらばらにして、要素の一つ一つに還元し、それを意識をもって再構成する。そういう過程を経ることによって、彼は自然を認識する。同時性をそのままに定着して、結局は動くものを止めてしまう写真と、事象の表面から同時性という皮膜を丁寧にはがすことによって事物を再び動きの世界へ解放する門坂流の絵とは、おそらく自然を知る方法として互いの対蹠点に立っている。
 波が水の粒子の動きであることを、人は門坂の絵に教えられなくても知っていると思うかもしれない。しかし、山もまたそれを構成する要素の動きの過程であること、盛り上がって頂点を極め、また崩れて低きにつく運動であることを知るには、それだけ長い時間の尺度が地上に存在することを人の目にあからさまに伝えるには、彼の絵に依るほかないだろう。
 時間には広大な尺度の幅がある。光が一つの原子核を通過する須臾のことから、宇宙の始まりから現在に至るような遠大な話まで、時間はどんなサイズの事象でも浮かべることのできる海である。そして、その尺度の幅がおそろしく広い一方で、ものの動きはどれもよく似ている。すぐ隣のものと引きあったり反発したりしながら、そういう局部を延々と重ね合わせることで造られる全体は、よく似ている。多様性と同一性がからみ合っているのが、この自然というものの基本の性質である。だから、われわれが自分の寿命や、忍耐の限界、瞬きの速さなどといった人間固有の尺度を離れてさえ見れば、山の形と波の形はほとんど同じであることがわかる。流体という言葉がもつ時間的な奥行き、数十桁に及ぶスペクトルの広さを、これらの絵は語っている。
 門坂流の絵は、人の手が加わっていない光景という意味で、風景である。風景をこう定義した者がかつていたか否か、寡聞にして知らない。今。彼の絵の何枚かを目前に広げて見ているうちに、風景とは人の手が加わっていない光景のことだと、ふと悟った。この場合、人の手という言葉のイメージはほとんどタールを含ませた刷毛に近い。ちょっとでも触れれば、黒い跡を残す。人の手が少しでも加わっては、自然の意味は失われてしまう。ちょうど、月の岩石の中に生物がいるかどうかを調べる実験で、岩の破片の採集と運搬と培養分析の過程で地球の微生物がまぎれこまないように細心の注意が必要とされたように、自然をそのまま見るには人の介入を徹底して排除しなくてはならない。護岸を施された川はもう川ではなく用水路である。雨量と、水の力と、そこの土の性質と、その前の段階での川の形状が、時々刻々の川の姿を決定する。それらの諸要素が、他の何者(つまり人間)の干渉も受けずに、その力を行使すること、それが川が本来の姿を実現するための条件だ。
 われわれは人間に由来しないものに規範を仰がなくてはならない。鉱山を掘る以外に金を入手する方法がないように、自然以外にわれわれの思想の原料を仰ぐ相手はいない。人間同士の思慮の交換や取引は、単に思想の流通にのみ関わることであって、その総量を少しも増やしはしないのだ。
 われわれにとっての風景の意味、風景を描いた絵の意味はこの点にある。
 人の手が加わっていないだけでなく、これらの絵には人の姿もない。人はたとえ風景の中に何もせずに立っていようとも、自然の側に所属することができない。われわれ絵を見る者の視線が、そこに立つ人を自然の一部ではなくわれわれの側に属するもの、顔かたちと、衣装と、姿勢と、表情と、動作、その他もろもろの記号論的な属性によって人間社会に結びつけられた広告塔にしてしまうからである。人間の衣装ほど不自然なものはないが、それと同時に人間の裸体ほど不自然なものはない。この矛盾の間にホモ・サピエンスの立脚点はついに見つからない。だから、これらの絵の中に人はいないのである。
 そしてまた彼の絵の中に動物がほとんど登場しないことも、ここで言っておこうか。水や土や岩や風、立法晶をなす塩化ナトリウム、その他もろもろの自然物は際限なく分割が可能である。植物についてもある程度まで同じことが言える。だから分割した結果の微小な要素一つ一つの履歴としての線が引け、ここに見るような絵が描ける。すなわち、彼の描法を一番の根元で支えているのは無生物界のフラクタル性ということになる。
 しかるに、動物は個として特殊である。動物というのは遺伝子レベルの設計図に従って組み立てられたものであり、構造をそなえている。分割することはできないし、各部が勝手に流れてゆくことも許されない。部分は全体の奴隷であり、彼らには自由がない。動物を構成している諸要素はそれぞれの意志で動いてその場に至ったのではなく、中央の指令のままにそこに運ばれて、組み込まれたのだ。
 従って、自由な要素の履歴としての線を連ねても、その像は浮かび上がってこない。鳥の羽毛の一本ごとに見える線は、その表面の質感であると同時に遺伝子に書き込まれた設計図のロットリングの線である。それはあまりに洗練され、意味を担いすぎている。これは自然界ではむしろ異物だ。そういうものを描くには、生きたものを生きたまま描くには、おそらく別種の視点と哲学が必要なのだろう。
 人がいない世界、あるいは動物の姿がほとんど見えない世界。それを寂しいと受け取る者は、これらの絵の前で引き返した方がいいかもしれない。これはまだ人が地上に現れる前の光景、人の目が初めて見る風景である。すべての波は新しい。波は一瞬ごとに生まれて消えるから、古い波というものはない。波は常に、人の目が初めて見る波である。それと同じように、この絵の中の山も丘も、今ようやく生成が終わって、形ととのい、新鮮な輝きを放射している。次の変化にむけて今まさに一歩を踏み出そうとしている。
 この世界で、人は最初の入植者、最初の探検家である。具体的にそこに分け入ってゆく一人の男を想定しよう。彼の眼は画家の目でもあり、また絵を見ている者の目でもある。深い谷の底を歩いていって、一つの角を曲がった時、次にどんな光景が目の前に開けるか、彼はまだ知らない。一見して静かで実は激しく流動しつつある世界はまだ人の視線というものを知らない。これを見る彼の側の目の無垢が、この世界を輝きで満たしてゆく。彼は波の形におののき、岸辺の水の渦を巻くさまに目を奪われ、そそり立つ断崖に圧倒される。すべては流れつつあり、盛り上がり、崩れ、角が削られて滑らかになる。その一方で、雨と雪の力は新たな稜線を削り出す。
 遠い光景と開けたパースペクティヴだけが地上を埋めているわけではない。彼は時には立ち止まって、足下の流れの中に点点と転がる石に目をとめるだろう。ここには三つの時間スケールに従うものが共存している。水の方は秒を単位に流れ、キラキラと光り、透明という特別の資質によって向うにあるものをも透かし見せて、そこに水中という別世界があることを示す。石は濡れると表面の性質を変えて反射能を増す。まぶしくハイライトを輝かせる。
 石ころは数日を単位とする動きで、川の様相をゆっくりと変える。一見したところ安定している石の位置が本当の話そんなに安定してはいないことを人は知っている。川床の形は石の動きを示唆しているだろうか。次に増水した時にその石がどちらへ動くか、水底の起伏からわかるだろうか。
 石や川床を構成している鉱物は、もっともゆっくりした長い時間の動きに従う。石の形が変わるにはずいぶんな歳月が必要なことだろう。しかし、それが実のところ水の流れと変わらない一つの流動であること、ものは流れゆくことを、水辺に立つ人は知るのだ。
 この世界の最初の入植者に話を戻そう。彼は今、北方の荒れた土地を歩いている。樹木限界線の向う側、夏の盛りには少し野草が伸びて一日だけ花を咲かせ、微風の援助で素早く受粉するが、それ以外の時期には地衣類しか育たないような地方。その一帯は低い丘が延々と連なり、なだらかな斜面を登りきれば、見えるのはまた次の丘、それがいつまで続くのか、鳥となって空へ昇れば見えるのだろうが、地面を踏んでいる彼にはわからない。
 と、一つの丘の頂上に着いた彼は、息を呑む。その丘の向う側は典型的なカール(圏国)となってずっと遠くへ巨大な樋のように伸び、そこを川が流れている。丘の斜面は頂上に近いあたり、つまり彼の足下のあたりでは相当に急で、それが下へ行くにつれて緩くなり、最後はごくなめらかに川床へとつながっている。
 彼は斜面を降りはじめる。丘の斜面にはいくつもの筋が川の方へ向かって刻まれている。数万年にわたって水と氷が岩をけずりながら低い方へ流れた跡だ。彼はその筋の間を苦労して降りゆく。岩の表面に自然が同じパターンを何百本も繰り返し描いていることに、彼は安心を感じる。同じ力が同じ対象に働けば、同じ模様ができる。その着実さは信用するに足るものだ。彼はようやく川の岸に達する。川は左右にゆるやかにうねりながら、わずかに音をたてて流れている。しゃがみこんで、水に手を入れてみる。水は氷点をわずかに上まわるくらいの冷たさで、完全に澄みきっている。全反射のために遠方では白っぽい空が波のパターンで変調されて映っているだけだけれども、眼の前では川の底の石が一つ一つくっきりと見える。その間を魚の影が走ったように見えたのは、実在の魚なのか、幻影なのか。この土地では白日のもとでもさまざまな幻影が見えることを彼は知っている。夜が来ないところでは、夜に属する幻影も日の光の中に出現するしかない。一瞬の魚は美しく思われた。
 彼は広大な地形の中の一点としての自分を意識する。頭上には薄く曇った空があり、谷は左右それぞれ高いところに稜線を区切っている。その向うに連なる丘はもう記憶の中にしかない。川の水はかすかな傾斜に促されて休むことなく流れつづける。上流には水の供給源としておそらく標高の高いところに雪原があり、下流にはすべての水を受け入れる海がある。しかし、今、彼に見えているのはこの谷だけである。それでも、空と地面の境に  よって区切られた視界がはるばると広いことを彼は喜んでいる。
 地上でたった一人の人間である彼は、ゆっくりと、川に沿って下流へ歩きはじめる。

(「門坂流作品集 風力の学派」(ぎょうせい刊)より)

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