中村 正義 | Masayoshi Nakamura

花 -アマリリス- 1962年 453×331

中村正義(なかむら まさよし、1924 – 1977 愛知県豊橋市生れ)
戦後の日本画壇において異端的な作品を数々発表し、「日本画壇の風雲児」と呼ばれた。
子供のころから病弱で、美術学校に行くこともできなかったが、日本画壇の重鎮・中村岳陵の画塾に入門し、22歳で日展に初入選。たちまち頭角をあらわす。
速水御舟の再来とも言われ将来を嘱望されたが、その後モディリアーニやデュビュッフェ、さらにポップ・アートなどを自分流に咀嚼した破天荒な画風に転じ、日展を脱退、師の元も離れる。
日本画壇から激しいバッシングを受け、外の世界に仕事を求めた結果、映画用の注文作品や、雑誌の表紙や、リアリズム風の絵も手がけた。
52歳で亡くなったあと、遺族(娘の中村倫子)が家を美術館として公開している
(「中村正義の美術館」*ウィキペディアより抜粋)

中村正義の美術館HP
http://nakamuramasayoshi.com/

2013年1月よりロードショー
『父をめぐる旅 異才の日本画家・中村正義の生涯』公式ページ
http://www.cinemanest.com/masayoshi/home.html
動画(4:38)
http://www.youtube.com/watch?v=3fGlwaamBQs&feature=relmfu

 










大島 哲以| Tetsui Oshima


 薔薇刑 -自画像- 1986 銅板画 145×100mm ed30

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愛と幻想の女たち-サロメ- 愛と幻想の女たち-ルクレチア- 薔薇蛍(ピンク) 流薔歌 受霊
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追憶 薔薇刑 -女- 青い季節 薔薇のアルメイン 二つの心
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大島 哲以
1926、名古屋市生まれ。大阪で日本画家・中村貞以に師事、院展に出品。‘71「第1回山種美術館賞展」出品。1971-72文化庁在外研修でウィーン滞在。「現代の幻想絵画展」(‘72新宿小田急)、毎日新聞社主催「大島哲以展」(’73日本橋三越)、「从展」(’76~‘80東京都美術館)、「日本美術の展望-日本画展」(’81富山県立近代美術館)、「幻視者たち」(‘82ヴェルツブルグ美術館、’83伊勢丹美術館)、「日本の裸婦展」(‘88埼玉県立近代美術館)、「20世紀絵画の展開」(’88名古屋市美術館)、羽黒洞・不忍画廊共催 「薔薇刑-大島哲以の世界展」(‘95アートミュージアム・ギンザ)、1999逝去。 「追悼・大島哲以遺作展~未発表のミニアチュール~」(‘99不忍画廊)
技法:日本画、アクリル混合技法
主な収蔵先:東京国立近代美術館、平塚市美術館、名古屋市美術館、刈谷市美術館、豊橋市美術博物館、池田20世紀美術館 他

 

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