土屋禮一

[ 2012年12月22日 ]

先頃、不忍画廊さんで観た「斎藤真一初期名作展」(2003年)の中に、30代のヨーロッパ留学時に描かれたというオランダの風車の小品があった。何年ぶりだろう、この作品をとても懐かしく観た。

まだ学校を出て間もない頃、お金も無く三ヶ月の月賦にしてもらって、初めて買った絵が斎藤真一の「おその」と題する3号の作品である。吉祥寺の道具屋に、その「おその」の絵と、この「風車」の絵が、雑然と並んだ箪笥や埃をかぶった壺の後ろに寂しそうに置かれていた。道具屋の主人は、「昨日もこの絵が気に入ったという客がいたし、月賦だと少し高くなるよ」と言われ、若い僕は足元を見られたのか、作品に張られた値段より高く、月々一万か二万払ったと思う。グレー調の「風車」の絵と違って「おその」と題する絵は文楽の舞台が描かれたもので、その後、世の中に登場する「瞽女」さんの作品に近い赤味をおびた絵で、その特別つれない赤い色はその時の僕をとても引きつけた。

斎藤真一の名はその後まもなく世に知られるようになり、六畳のアトリエ兼アパートには似合わない、とても高価な絵に変わった。驚くような値段でほしいと言う人まで現れたりもしたが、生活費に変わるべき誘惑やその危険から免れ、今も我が家にある。さてオランダ風車の方の絵はあの後、どんな経緯をたどりこの画廊にたどりついたのか、とても興味のあるところである。

斎藤先生が亡くなる少し前、ある画廊で紹介され、とても親しい思いでお話が出来た。なつかしい思い出である。

2004年9月記
(つちや れいいち/日本画家)

 

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