松永伍一: 満天の星のかなたへ

[ 2012年12月22日 ]

人の死は不意に訪れます。予告なしにあなたも天に迎えられました。悲しみといっしょに思い出が湧き水のように胸の底から突きあげてきます。あの「越後瞽女日記」の会場での邂逅から、画業の明日について過剰なほどに夢をちりばめた最後の電話まで、それは順不同に、そして哀しみの彩りを含んでいます。

出会いは名刺交換ではなく、お互いのテーマが民俗の闇から光をつかんで結晶しあった儀式そのものでした。あなたは流浪の本質を日本人の伝統の伝統のなかから紡ぎ出し、純白の雪輝やきを背景にしてヴァ―ミリヨンでそれを象徴させました。土地なき民はいのちだけを資(元手)にして彷徨うほかなかったのです。あなたが取りつかれた瞽女は、まさしく闇を抱えた遊芸女人でした。「底辺の美学」を著わして文学と民俗学を融合させようとした詩人の魂が、どうしてそれに共震しないことがありましょうか。盲目の瞽女の前でわたしは嗚咽していました。

あとで豪華限定版「越後瞽女日記」を頂戴したのですが、その番号が「四二二番」だったのです。偶然とは言えない数字に驚きました。四月二十二日はわたしの誕生日です。そのときから一段と深く縁の不思議を思い、あなたの親密の度を深めていきました。そこには羽黒洞木村東介さんの存在があり、影があり、愛がありました。展覧会のための賛辞などもすべて素直にわたしは引き受けましたし、テレビにご一緒したこともなつかしい思い出です。

あなたは有名になりました。内心嬉しいのに、ジャーナリズムの華やぎの裏に身を隠したくなる瞬間をのぞかせることがよくありました。流浪は本来無名者の特権だと信じてみずからもその細道を歩き、ついに瞽女というテーマにめぐり合ったのに、世間の賑々しい評判の前であなたは自己矛盾を感じたりする日があり、そんなところから絵に悲哀の度合いが増していったかと思います。

あなたは土着者ではなく「永遠の彷徨いびと」であろうとしていたのでしょう。同郷の竹久夢二や国吉康雄との他縁を、美の表現における血縁たらしめようと努め、テーマも当然流浪と結びつきました。いつかわたしが「夢二はユダヤ人に限りなく同情し、そんな日記を書いています。あなたの絵のなかのヴァイオリンは土地を失ったユダヤ人の悲しい運命を奏でる楽器です。リスボンのアルハマ地区の裏町が好きなあなたは、あそこがユダヤ人のゲットーの跡だとはご存じないでしょうが、そこに惹かれていくことで流浪の本質に触れ、夢二とも思想的に触れ合ったのですよ」と語ったとき、あなたは驚き、こうつぶやきました。「こんなことを言ってくれるのはあなただけだ」と。そうして最後の電話は「あなたの声を聴くと元気がでる」でした。
もうあなたと直に語ることはできません。絵と語りつづけましょう。
ずっとこれから先は。

「色即是空」の遺書風の走り書きの、その「空」へとあなたは還らぬ旅に出られました。それは満天の星のかなたです。
そこで「羽黒洞のオヤッサン」(斎藤流の発音)とも談笑できるでしょう。

『月刊美術』1994年11月号より
(まつなが ごいち/詩人)

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