岸本員臣: 日々の暮らしの一コマに詩情を吹き込む - 鈴木敦子のしごと

[ 2013年10月22日 ]

金子みすゞさんの世界を絵で表現できないか?そんなことを考えていた時、
迷いなく、最初に頭に浮かんだのが鈴木敦子さんであった。
現代は物的なものはどんどん進化し、便利なものがあり、効率的な時代ではあるが、
何か満たされぬものがあるのも事実であろう。
芸術の世界も何かしら欠けているものがあると思える。
その一つが、やさしさ、思いやりなど、人間が本来持っている純粋なものと
真摯に向き合う「こだわり」ではなかろうか?
みすゞさんが生きた大正から昭和初期と今の時代とは隔世の感があるが、
人の心の深淵に入り込む純で澄明な世界は時代を経ても不変である。
斯界で、そのような世界の表現が出来る数少ない作家の一人が鈴木敦子さんであろう。
鈴木さんにみすゞさんの詩をテーマに版画制作をお願いしたところ、快諾を得、
この度、そのコラボレーションが実現した。無上の喜びである。
80年前後の時代を経て、鈴木さんがどのようにみすゞさんの世界を表現したか?・・・・・ 存分にお楽しみいただきたい。

ふだんの生活が紡いだ密やかでやさしいものへの愛。
ふと空から舞い降りたおだやかな時のしずく。
日常に醇乎として醇なるものがあった時代へのデジャビュ(既視感)。
心地よい歩幅が醸しだす沈着な色調の諧和。

人は迷い、逍遥する時、不意打ちのように「自分自身」に出くわす瞬間がある。
平穏な日常のすばらしさはそれを失うまでわからない。
鈴木さんの作品は、そんな目に見えない大切なものを思い出させてくれる。
作品はその人柄がストレートにでるものであるが、
鈴木さんは多くを小さい画面に描き、画風は決して派手ではない。
人を引きつける最大の魅力は、その質朴なフォルムと
幾重ものこだわりの絵の具による深い色が織り成す簡浄な画面であろう。
その穏やかな画面は、求める色創出へのたゆまない研究から生まれた色と、
何版も重ねた摺りへのこだわりから生まれている。
作品の誕生が刻苦のたまものである事は想像に難くない。
鈴木さんの画面の温かさは、この想いを込めた制作過程があればこその結果である。
彼女の作品は時代の喧噪を静穏な詩情でくるんでくれる。
そして心の渇きに沁み入り、平穏な日常のすばらしさを教えてくれている。
ふだんの生活の中で、鈴木さんの作品が、後味の爽やかな一筋の風となって
人の心に清涼感を吹き込み、人の心を浄化してくれることを願ってやまない。

岸本員臣(瀬戸内市立美術館 館長)

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