変容のヴィジョナリー・コア ─赤城美奈×齋藤悠紀×二階武宏×水村芙季子─

「生とは、その過程のうちに滅び、崩壊、解体、そして死をもとり込んだ、終わりなき変容の連続である。本展における四人のアーティストたちは、そのような変容としての生に様々な幻想の形を与えるだろう。」相馬俊樹(美術評論)

変容にかかわる幻想表現の核心とは?
美術評論家の相馬俊樹氏に総合的に監修を依頼・ご協力いただいた、画廊セレクションの4作家による企画展。

アーティスト

赤城 美奈 Akagi Mina(1993 – )

愛媛県生まれ 兵庫県在住 日本変形菌研究会員 出品:変形菌絵画 他

齋藤 悠紀 Saito Yuki(1982 – )

埼玉県生まれ 東京造形大学大学院修了 出品:収集した鳥の水彩画・銅版画 他

二階 武宏 Nikai Takehiro(1980 – )

愛知県生まれ 京都府在住 京都精華大学卒業 出品:木口木版画・ドローイング 他

水村 芙季子 Mizumura Fukiko(2000 – )

埼玉県生まれ 東京造形大学絵画専攻卒業 出品:オブジェ・カラードローイング 他

出品作品

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赤城 美奈 Akagi Mina

「変形菌の這い跡、菌核に着彩を施して描くという赤城美奈はまさに特異なアーティストといえよう。変形菌の運動と画家の制作行為を比較した彼女の思案も興味深いものではあるが、おもに日々の生活や行動に利用し役立てる目的で自然界から視像を切りとってくる自然科学的なパースペクティブではなく、芸術の眼で自然界の特殊な現象にアプローチを試みたことにまずは着目したい。一方向に固定された視の呪縛から眼を解き放ち、より深く、そしてより総体的に対象をとらえようとすることにより、赤城の作品は自然界から贈られた美の豊穣を、微小の世界で展開される変容のダイナミズムをわれわれに開示してくれるからである」相馬俊樹

【深・粘膜シリーズ】粘菌絵画の制作過程──クロレラ(単細胞緑藻)を利用した着彩について

【深・粘膜シリーズ(2024~2025年連作)赤城美奈】において着彩として使われたクロレラは、緑藻門の単細胞藻類。直径わずか2〜10マイクロメートルの小さな球体で、光合成の達人として知られています。クロロフィルという緑の色素をたっぷり蓄え、太陽の光を浴びて二酸化炭素を吸い込み、酸素と栄養を吐き出す。まさに地球の肺のような存在です。
赤城は、この微生物を「餌」として粘菌に与えます。
真性粘菌、例えば Physarum polycephalum(イタモジホコリ)のような種は、通常は黄色っぽい体躯ですが、栄養を貪欲に吸収する性質があります。クロレラの緑の色素であるクロロフィルを細胞内に取り込むことで、粘菌の体は鮮やかなエメラルドグリーンに染まっていくのです。これは単なる着色ではなく、生物同士の「共生」の瞬間。クロレラは粘菌のエネルギー源となり、粘菌はその色素を「借り受けて」自らの存在を主張します。科学的に言えば、クロレラの色素分子が粘菌の細胞膜を透過し、代謝過程で固定される──まるで自然のインク染めです。

次に「這い跡」の工程です。
粘菌は、厳密には菌類ではなく、真核性のアメーバ様生物。胞子から芽生えた多核の原形質体で、液体のように流動し、固体のように這い進みます。
赤城は、栄養ゼラチン(寒天ベースの培地)にクロレラを混ぜ込み、粘菌を置きます。すると、粘菌は迷路のような最適経路を探して移動を始めます。これは有名な実験で知られるように、粘菌は「知能」を持つとされ、食べ物の配置からショートカットを見つけ、東京の鉄道網すら再現するほどです。
彼女のセットアップでは、培地に微妙な栄養勾配や障害物を配置し、粘菌に「描く」よう誘導。クロレラで緑に染まった体が這うたび、残渣や分泌物が軌跡を残します。この這い跡──細い緑の線や網目状のパターン──が、作品の骨格となります。粘菌はただ這うだけでなく、環境に「記憶」を刻み込みます。例えば、クロレラの濃淡が栄養の偏りを示せば、跡は枝分かれし、まるで木の根や神経回路のように複雑に広がるのです。
赤城はこれを乾燥させ、固定。時には自ら調合した白墨(貝殻粉末、動物の骨粉、粘菌の胞子を混ぜた独自素材)で強調し、線描を加えて完成させます。結果キャンバスは「生きていた」痕跡で満ち、緑の脈動が静止した絵画として蘇ります。

この技法をさらに展開すると、赤城の作品は単なる生物アートを超え、生命の哲学を問いかけます。
例えば、【粘膜】シリーズでは、南方熊楠(明治の博物学者で粘菌の第一人者)の言葉をモチーフに、28枚連続で展開。粘菌の這い跡が熊楠の「森羅万象の生命史」を象徴し、緑の線がフラクタル構造を形成──無限に繰り返す生命のサイクルを視覚化します。クロレラの緑は、環境問題を連想させます。光合成でCO2を吸収するクロレラが、粘菌の「旅」に色を与えることで、作品は「気候変動下の共生」を語る。
粘菌が這うパターンはAIのニューラルネットワークに似て、生物の「学習」を示唆。赤城はこれを「境界なき脈動」と呼び、デジタル時代の「生の根源」を探ります。

本展示では、生きている粘菌の休眠乾燥標本をキャンバスに並べて観客を誘い、作品が「進化」するインスタレーションに発展させています。

《深・粘膜 【惹】》

2025
変形菌核天然白墨彩
45.5×38cm (F8)

《深・粘膜 【束】》

2025
変形菌核天然白墨彩
45.5×38cm (F8)

《深・粘膜 【空】》

2025
変形菌核天然白墨彩
45.5×38cm (F8)

《曙を連れて行け》

2020
天然白墨画
116.7×91cm (F50)

《はなかご 1》

2022
天然白墨彩
28.8×28.8cm

《鼓動の地図 1》

2024
生きた変形菌核、這い跡による描画、LED発光ボード、アクリルボックス
21.5×21.5cm

齋藤悠紀 Saito Yuki

「生物の死を扱ったある種の作品群においては、死の無惨に纏われた乾いた闇が散乱し、あるいは凝縮するだろう。物質的な〈死後の生〉にこだわりきると、そのイメージは静寂のうちに異様なまでの力を孕む美の点滅を予感させるのであろうか。あるいはまた、世界規模の壮大なヴィジョンを扱うある種の作品群においては、解体のベクトルと生成のベクトルが複雑に絡み合い、滅びと崩壊の予兆が不安を煽りつつも、生成の光輝と驚異的で戦慄的な婚姻を遂げる。銅版画家・齋藤悠紀は死、滅び、崩壊を終わりとしてではなく、生の過程における変容としてとらえなおす眼差しをたしかに隠しもっている」相馬俊樹 

《雨天決行》

2017
アルシュ紙、透明水彩
57×38cm
額付

《反射》

2017
アルシュ紙、透明水彩
35.5×27.5cm
額付

二階武宏 Nikai Takehiro

「木口木版という、18世紀の西洋で誕生した挿絵技法を使いこなす稀有な版画家・二階武宏が描くモチーフは、おもに、怪神を髣髴とさせる、畸形を極めた驚異の怪物らであり、肉を纏う存在と機械類とが侵食し合いながらダイナミックに蝟集する混合物である。そして、彼らはいまだ生成途上のようであり、形もさだまらず、身体の組織化もされないまま、やまず全身体的に蠢いているのである。いうなれば、二階は解体と再構築を永久に反復する過剰な生命の変容の過程そのものをとらえようと、日々、苦行のごとき版刻作業に勤しんでいるのではなかろうか」相馬俊樹 

《水棲》

2008
木口木版
40×49.5cm
ed.30

《恣意-形骸》

2025
紙、インク
28.5×24cm
額付

水村芙季子 Mizumura Fukiko

「このたびのグループ展では最年少の若き期待の女性アーティスト水村芙季子は大作《狂乱演舞》などのカラードローイングで知られるが、独特のオブジェ作品もまた異彩を放っている。いずれの作においても、クリーミーに、ときにエロティックに溶解-崩壊してゆく幻景がスローな変容を繰り返して、見る者を眩暈に巻き込もうとするだろう。しかるに、彼女の美幻魔術に翻弄されるわれわれは、一方で、変容の過程で惹起してはまたふたたび消えゆく快美の幻影に恍惚となるのである」相馬俊樹 

《憂鬱シャワー》

2025
石膏粘土、レジン、ガラスドーム
H30×W20×D20cm

《赤潮》

2025
ハーネミューレ、ペン、アクリル絵の具、コラージュ
80.7×62.8cm (額寸)

《受胎》

2025
木製フレーム、紙、ペン、石膏粘土、ビーズ、ワイヤー
H26.5×W14×D8.6cm

会場風景

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展覧会概要

〈変容のヴィジョナリー・コア ─赤城美奈×齋藤悠紀×二階武宏×水村芙季子─〉

会期|2025.10.8(水) – 18(土) 12:00–18:00 ※休廊日:月曜・火曜・祝日
会場|不忍画廊 (〒103-0027 東京都中央区日本橋3-8-6 第2中央ビル4階)

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