〈渡辺千尋展〉 幻想のパランプセスト ~架空の美術庭園~ vol. 12 渡辺千尋

vol. 12 渡辺千尋|Watanabe Chihiro

柘榴 II(黒)

2002 カラーメゾチント 15×22cm ed. 30 ¥71,500
長崎県美術館 所蔵


門坂流(1948–2014)の版刻には自然界に秘められた荒々しい力が、多賀新(1946–)のそれには人間の無意識の深奥にひそむエロスの力が感得できたが、彼らと同世代の銅版画家・渡辺千尋も、破壊と創造を同時進行させる同様の力を主要テーマのひとつとしているように思われる。代表連作とされる《象の風景》をはじめ、奇抜で、奇怪とさえいえる肖像画その他においてその見えざる力は、人間や動植物の、固定され定型化された〈形〉を解体しようとする凄まじい暴威として表現される……。また、画業の後期、あるいは晩年に制作された油画においては、見えざる力が凝固・凍結した感もあり、静寂を揺るがすような幻想‐眩暈が呼び込まれる。

象の風景─無風地帯

1980 エングレーヴィング 18.1×25.9cm ed. 60 ¥110,000
長崎県美術館、国立国際美術館 所蔵

太古への夢

2004 メゾチント 45×32cm ed. 30 ¥110,000
平塚市美術館、長崎県美術館、練馬区立美術館、茨城県近代美術館 所蔵

 《象の風景》に見られるように、制止も制御さえも不可能な破力によって無残にその〈形〉を蹂躙された個体たちは互いの圏域を侵害しながら、しだいに溶融へと向かう。かろうじて破損を免れた〈形〉の断片がところどころに確認できるものの、世界のほとんどはダイナミックな肉質/植物質の曲線形が絡み合い、重層する混淆状態に還元されようとしている。そして、虚無の闇へ通ずるかのような不吉な洞窟も穿たれる。

柘榴杯

2004 メゾチント、手彩色 30×21cm ed. 30 ¥82,500
長崎県美術館 所蔵

らっきょう

2004 メゾチント 7.5×11.3cm ed. 30 ¥29,700
長崎県美術館、練馬区立美術館 所蔵

幻花 I

2001 カラーメゾチント 31.9×22.7cm ed. 30 ¥71,500
長崎県美術館 所蔵

 はたして、画家が幻視したこの光景は世界そのものの廃墟であり、何人も予期しえない地獄だったのであろうか。自己(個)の消失と得体の知れない他者による介入‐侵犯を予覚させる諸状況は、われわれの日常の感性からするなら、たしかに地獄ということになろう。しかし、見方を変えるなら、自己消失へのベクトルは自閉からの解放ともいえるし、他者による介入‐侵犯はむなしい孤独の解消につながるのではなかろうか。

Untitled

2006 キャンバス、油彩 15.8×22.7cm (SM) ¥88,000

柘榴

2005 キャンバス、油彩 41×31.8cm (F6) ¥220,000

 ジョルジュ・バタイユによれば「諸存在、人間たちは、自分自身の外に出てはじめて〈交流〉する‐生きる‐ことができる。」また「〈交流〉は、完全で無傷の存在相互の間では起こりえない。」(『ニーチェについて』酒井健訳より)そして、閉塞した存在が自らを外へ開き、〈交流〉する‐恍惚にいたるまでの生の昂揚を生きる‐ための「裂傷」を刻印するのは、まさしく、見えざる力の横溢、すなわちバタイユのいう、気まぐれで無秩序な力‐フォルスの過剰なのである。


Artist

1944年東京生まれ、1954年長崎市へ転居、「東京生まれ長崎育ち」と公言する。舞台美術やデザインの仕事をする一方、油彩・ペン画など様々な技法で絵画作品を発表。1978年に銅版画(ビュラン)に出合う。1996年、長崎県有家町(現・南島原市)の依頼で、16世紀末のキリシタン銅版画《セビリアの聖母》を復刻、1998年にローマ法王に献上した。2001年、復刻の軌跡を綴った著書『殉教(マルチル)の刻印』で〈第8回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞〉を受賞。2009年永眠。没後の主な展覧会:「渡辺千尋 復刻の聖母」(2013–14 練馬区立美術館)、「象の風景、ふたたび。」(2014 不忍画廊)、「渡辺千尋展」(2014 長崎県美術館)、「幻想のフラヌール―版画家たちの夢・現・幻」(2024 町田市立国際版画美術館)、「生誕80年─渡辺千尋の銅版画」(2024 長崎県美術館)ほか

Art critic

相馬 俊樹|Soma Toshiki

1965年生まれ。美術評論家。慶応義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒。
企画協力:「幻想のフラヌール―版画家たちの夢・現・幻」(2024 町田市立国際版画美術館)
主な著書:『エロティック・アートと秘教主義』(2018 エディシオン・トレヴィル)、『アナムネシスの光芒へ—幻景綺論』(2016 芸術新聞社)、『禁断異系の美術館』シリーズ1~3(2009~10 発行:アトリエサード/発売:書苑新社)、『魔淫の迷宮—日本のエロティック・アート作家たち』(2012 ポット出版)ほか
編著:「風俗資料館 資料選集」シリーズ=『伊藤晴雨の世界1 [秘蔵写真集]責めの美学の研究』(2023)、『伊藤晴雨の世界2 伊藤晴雨 秘蔵画集〜門外不出の責め絵とドローイング』(2024)、「風俗資料館 秘蔵画選集」シリーズ=『秘匿の残酷絵巻[増補新装版]〜臼井静洋・四馬孝・観世一則』(2023)、『秋吉巒・四条綾 エロスと幻想のユートピア』(2011)、すべて発行:アトリエサード
共著書:『病と芸術』(2022 東信堂 ロメーン・ブルックス論を収録)、『異界の論理』(2011 アトリエサード 飯沢耕太郎氏との対談集)
訳書:ピーター・ウェブ、ロバート・ショート『死、欲望、人形: 評伝ハンス・ベルメール』(2021 国書刊行会)
出演:「小峠英二のなんて美だ!」(2026 TOKYO MX)

展覧会概要

〈渡辺千尋展〉 幻想のパランプセスト ~架空の美術庭園~ vol. 12 渡辺千尋

会期|2026.7.11(土) – 8.1(土) 12:00–18:00 ※休廊日:月・火・水・祝日
会場|不忍画廊 (〒103-0027 東京都中央区日本橋3-8-6 第2中央ビル4階)
*同時開催:〈幻想のパランプセスト 門坂流展〉

日本を代表し世界レベルの作品を遺した二人のエングレーヴィング作家・渡辺千尋(1944–2009 東京生まれ長崎育ち)と門坂 流(1948–2014 京都生まれ)。遺された貴重な作品(銅版画、油彩、ドローイングなど)より一作家15〜20点ほどを出品予定です。同じ黒・同じ手法でも “異なるエネルギー” を放つ作品たちをお楽しみください。

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